今日は十二月八日。
古代ローマ詩人ホラティウスの誕生日であると共に、アヴァンギャルド芸術家オノヨーコこと、小野洋子の旦那で名曲「イマジン」を作詞作曲し歌った John Lennonがニューヨークの自宅前で射殺された日でもある。
でもぼくが向かったのは、青山ブックセンターでも六本木ヒルズけやき坂のTSUTAYAでもなかった。
ジョンのCDをレンタルするよりも、大きな「借り」のある場所へと向かったのである。
1人の日本人として、偉大なる先人たちに借りがある場所。靖国神社。その靖国で昇殿参拝させて頂けることになったのだ。
ちょうど七十年前の今日、日本はアメリカ合衆国に戦争を仕掛けた。Ben Afleck主演の映画"Pearl Harbor"でご覧になった方も多いと思いますが、1941年12月8日に真珠湾を攻撃したのです。単に「攻撃」というと平和を享受している今の我々日本人、特にぼくらのように戦争を知らない時代の人間の多くは負のイメージを持つかもしれない。しかし、当時は「帝国主義全盛時代」という当時の状況があったのだ。歴史というのは今の物差しだけで測ることは、極めて安易であると同時に危険である。
初めての靖国昇殿参拝
昼過ぎ。小雨が降る肌寒い九段下にて、靖国神社の小方孝次権宮司がぼくを含め五名の参拝者を迎え入れてくださった。これまで何度も靖国に足を運んでいる自分だが、お参りをするのは常に拝殿。その奥にある本殿にて参拝させて頂くのは今回が初めてである。
手水舎で手を清め、お祓いを受けた後、廻廊を経て本殿へと向かう。この時、本殿を囲むように前庭が広がっているが、その静けさといい視覚的美しさといい、拝殿までしか知らなかったぼくにとっては「まったく別次元の空間」のように感じられた。限りなく神聖、限りなく風光明媚。
いよいよ昇殿。神宿る本殿において神職より玉串を手渡され、神前に捧げ拝礼させて頂いた。
70年前の今日に始まった大東亜戦争において、日本のために命を捧げ桜のように散っていった英霊たちに、黙祷。
靖国神社は、戦争を美化している場所ではありません。戊辰戦争など、日本が明治維新を通じて近代化する上で命を落とした人々を祀っている場所。起源は、1869年。つまり、建立されてから今年で142年にもなる。坂本龍馬も、台湾の総統だった李登輝氏のお兄様も祀られている。
みなさんもご存知かと思いますが、今の我が国の学校教育では「かつて日本のために、家族を守るために命を捧げて死んで行った先人たちを敬うことの大切さ」を、まったく教えない。それどころか、あたかもアジアを爆撃しまくったダースベーダーであるかのような、かなり恐ろしい教育をしている。全国29万人の日本教職員組合(日教組)の先生たちは、なぜか国旗と国歌と靖国神社と小泉純一郎を嫌悪している恐ろしい人々で、ぼくが去年インタビューさせて頂いたヤンキー先生こと義家弘介参院議員(当時)などは「日教組は子供たちを利用して政治活動をやっている。狡猾な許しがたい組織です。闘っていきます」、と言っていましたが、最近大阪でダブル選挙を制した橋下新知事も、これまで日教組および"政治介入しすぎの大阪市役所職員"たちとさんざん戦ってきた。よってぼくは、今回橋下さんが勝ったことは日本の一つのターニングポイントになりうると考えています。なぜならば、先日、大阪で負けた勢力こそがこれまで主体となって日本の「反硫黄島」、「反靖国教育」を主導してきたからです。
そもそも、高校において「自国の歴史が選択科目」なんて国は、日本以外にこの世に存在しない。自分の国の歴史なんだから、当然必修なわけです。ところがなぜか日本だけは、なんと選択科目。これってみなさん、最高に異常なんです。あってはならないことなんです。となれば当然、日本のことを1グラムも知らない「日本人」が生まれる。だからこのグローバル化の時代に、Facebookで知り合った外国人が来日して「Can you take me to Yasukuni shrine?」と言われても、まったくどうしていいかわからない。世界の国々では、「国家のために命を捧げ亡くなった人々に敬意を表す」ことは、当たり前のことです。現に、ぼくが小学校時代にいたオーストラリアでも、またタイでも戦没者を追悼するために国旗を掲揚し国家を大声で斉唱するのも当たり前のことでした。
ところが、東アジアのどこかの島国だけが、なぜか総理大臣はおろか閣僚が1人も坂本龍馬や吉田松陰や映画 「硫黄島からの手紙」の主人公である栗林中道中将をはじめ246万もの英霊たちが眠る神社に足を踏み入れることさえできない。みなさん、今の我が国の実態はもはや異常を通り越して完全に"helpless"。絶望的だと思うんですが、いかがでしょう?
ぼくはなにも就職活動中の大学生に、右翼団体に就職を斡旋しているモノではありません。
戦争を美化するモノでもありません。いや、逆にその真逆、戦争なき平和ある世界を創造するためにも、栗林中道中将ら我々の先人たちの戦死および過去の戦争を直視し、そこから学び、戦後の日本の繁栄の礎になってくださった英霊たちに感謝し、そのエネルギーをTPPをはじめとする「21世紀の世界競争」で勝つために活かすべきだと考える、ごくフツーの日本人です。
靖国神社に一度も行ったことのない人への素朴な疑問。"Are you an Australian sir?"
今、NHKで「坂の上の雲」という連続ドラマがやっているようです。映画「おくりびと」で観て以来、ぼくはモックンのファンですが、果たしてあの日露戦争を扱った連ドラ視聴者の何%の人々が、九段下に足を運んだことがあるのでしょうか? おそらく消費税程度でしょう。
日本民族の「自信あるメンタリティ」は、哀しいかなあの1905年で停止してしまっている。「坂の上の雲」を書いた作家の司馬遼太郎は、「日露戦争以降の日本軍は、慢心して歯車が狂ってしまった。暴走してしまった」といった類のことをかつて言っていたと記憶していますが、ぼくら21世紀の日本人は、なにもその”暴走”とやらを恥じることなどまったくない。反省すべきところは反省しつつも、戦後半世紀以上経った今も「ああ、日本はダースベーダーなんだ。靖国神社は右翼の怖いお兄さんたちが集まるイケナイ場所なんだ...........」などと引きこもっている必要などまったくない。たらたら謝罪外交を繰り広げる国など、日本以外にこの世に存在しない。特に政治家が特にバブル崩壊後の20年間、ずっと世界に目を向けず引きこもっているから、財政悪化も年金もなにも対処できずにいる。変化を求めないから東電のような会社が生まれる。菅直人前首相のように、SPEEDIで放射性物質が福島第一原発から北西の飯館村方面に流れていくのを予測できているのに、それを発表しない。あれはまちがいなく人災だぜ、みんな。タイヤのないクルマのような政府によって、震災直後に被爆したママや赤ちゃんが今後直面する恐怖は、「ペテン師」がスキンヘッドでお遍路さんごっこをしたところで解消されるわけじゃない。誰も責任を取りたがらない、だからあの時も判断が遅れた。じゃあなぜ責任をとりたがらないのか? いや、とれないのか? 答えは一つ。それは靖国神社に行かないからである。日本人が本来持っている崇高なる理想、そして行動力。250年にも及んだ徳川鎖国時代を経て、世界と対峙しあうために難産した明治維新日本以来続いてきた先祖代々の知恵、教育、武士道および民族としての誇りすべてが詰まった靖国神社こそが、ぼくらの肉体の骨格そのものだからである。それを否定し、今の日本の礎になってくれた70年前の英霊たちに感謝さえ出来ない総理大臣に、ぼくらは一体何を期待できよう?
現に、最近では唯一靖国を参拝した小泉純一郎元総理大臣だけが、国際社会のなかで存在感を発揮した。なぜか。それは同氏が栗林中道や山本五十六ら偉大なる先人たちに心から感謝し、経団連やその他団体の利害よりも、一個の誇りある日本人としての立場を貫いたからに他ならない。英霊に感謝する気概があってこそ、世界はKoizumiを敬った。彼以降の総理大臣をみればわかる、みな揃ってナメラレているいるではないか。ぼくは国際社会のなかで存在感のあるTOKYO, and Japanを作りたい。少子高齢化が進むなかで今のままでは、我が国に未来はない。
たかが靖国、されど靖国。
靖国は8/15に行く場所ではない。終戦記念日「にも」足を運ぶべき場所だと思います。英霊が眠っている場所が、毎年の8/15のように騒がしくていいわけがない。本当の日本人は、マラソンがてら、犬の散歩がてら、営業中に九段下をまわったがてら、そう、普通の日常のなかにごく平然と参拝するのでしょう。
そして拝殿に隣接する遊就館というミュージアムにぜひ、立ち寄ってみてください。きっとこのブログを読んでくれているみなさんで、まだ靖国に一度も行った事のない人、または最近悩み事が多くて心に穴がぽっかり空いてしまっている人も、今から70年前に愛する子供や妻を守るために戦ってくれた男たち、および愛する男たちを支えるべく散っていった女たちの「瞬間の命」が放つ圧倒的な存在感に、何かしら前向きなエネルギーを感じ取れるはずです。少なくとも、ぼくは今日、強い命の鼓動を新たに吹き込まれました。
年間30,000人以上が自らの命を断つ、という異常な近代国家になってしまった日本。富士山の樹海に行く前に、一度でもいいから九段下駅で下車し大村益次郎に会えば、運命は必ず変わるだろうと信じてやまない。
もうすぐクリスマスイヴ。
みなさん、一休.comで予約したホテルのレストランで黒海産キャビア付きディナーを愛する人と食べる前に、今年は明治五年建立以来、米軍の空襲も逃れ無傷を誇る、そう、神様がついている靖国神社本殿に立ち寄ってみてはいかがでしょう?
5 yen, good ご縁。
Thank you!
雄乃字