2011年1月19日水曜日

白鵬の尻&大相撲観戦記

悔しいが、モンゴル民族の肌はモチモチ感に溢れていた。

日本民族としては、完敗である。
なにも肌チェックのために両国国技館に足を運んだわけではないが、とはいえ大相撲というのは事実上"Tバックで戦っている"ようなものだ。ましてや今回のように、土俵からわずか数メートルしか離れていない維持員席に座っていると、行司が「はっこよ〜い」と言う直前に目の前の力士は完全にワンワンスタイルで"T"ヒップの体勢となる。

エルトンジョンやMJならぬジョージマイケルたちと異なり、その道にはご縁のない小生だが、あの感覚は10万トンの衝撃だし、そもそもテレビでは絶対に味わえない「禁断のアングル」であることだけは間違いない。


日本の国技を、一番いい席で見る幸運に今回はたまたま恵まれたのである。
最近の相撲界に激震が走るきっかけとなった、あの野球賭博事件。琴光喜が角界から追放され、可哀想にスケープゴート役を買わされとりあえずは収拾されたことになっているが、今でも相撲協会のHPにいけば「ポクたちは暴力団および反社会勢力と関わらないことを誓います」みたいなセンテンスがトップにでてくる。

そしてこの度は、"超一流シークレットサービス"(とりあえず本文ではJames Bondoと呼ぶことにしよう) 経由でこの「反社会勢力」なる怖いお兄さんたちが戦後「占めてきた」土俵際の座布団席に”相撲のどシロウト”である谷山雄二朗が座る、という歴史的事件が起こってしまったのである。


両国国技館にいけばわかるが、一般的にはこの座布団席は「たまり」と呼ばれている。とはいえ、”必ず”「完売」になっている。というのも、年間を通じて、いや、一生を通じてこの席を買っている→「維持している」超お得意さん→「維持員」と呼ばれる人たちによって買い占められているからである。わかりやすく言えば、「生涯スポンサー」のようなものだ。
彼らは例えば両国で毎年行われる三場所分、それぞれ15日分、すべて事前に「買って」いる。とはいえ、さすがに毎日通う訳にもいかない。そこで登場するのが「お茶屋さん」という人々だ。まあ、H.I.Sのような旅行代理店だと思っていただいて結構。このお茶屋さんが、空いた席を維持員の代わりにさばいている、という構図だ。


では、なぜこの維持員席が反社会勢力の怖いお兄さんたちに好まれたのか?
隣りに座る国際的スパイのJames Bondoがその謎を解いてくれた。
「つまりさ、刑務所で囚人らが唯一見れる番組が紅白とこの大相撲なのさ。ってことは、収監されているジャパニーズマフィアの親分たちも当然見る、そこで子分たちは「オヤブン!うちら元気でやってるよパパ!だからあと残りの刑期11年、がんばってくだせえ」と無言の元気パワーを視覚的に送れるのが、まさにこのNHKが生放送する大相撲だったんだな」

マ................マジンガー.................Z?
つまり怖いお兄さんたちは、さりげなく相撲中継中にTVに映りながら、これぞまさにジェームズボンドばりに「秘密シグナル」を送っていたというわけだ。





ブルース リー、国技館に登場



さて、そんなお兄さんたちの代わりに今回その座布団に座ってしまったのが谷山雄二朗。プリズンの中の親分たちとはまったく縁のない、クリーンでグリーンな一般人。日本人。しかしながら厄介なことにこの男、かなりの目立ちたがり屋。そこで彼、とにかく目立つようにと今回はブルースリーの全身タイツばりの"Yellow Jacket"に身をまとって土俵際に登場したのである。


それはそれはマイケルジャクソンばりに輝いていたそうで、座布団に向かう途中にすでに国技館の視線を集中的に浴びているのを感じてしまいましたが、直前にFacebookで「黄色いタイツのブルースリーを土俵際で探せなう」とつぶやいていたこともあり、八日目中日日曜日の夕方を暇していた知人友人のうち何人かは確実に発見してくれたようだ。その中でもヒーロー君(仮名)などは、「なんか黄色いのがチラチラ映りまくってた!」と大絶賛。


され。
それはさておき、本題に戻ろう。


圧巻だったのは、やはり横綱白鳳翔の土俵入り。
そう、何を隠そう、白鳳の下の名前はジャニーズの某アイドルと同じ「翔」なのであった。いずれにせよ、この白鳳翔、四股を踏んでからいきなり「ムーンウオーク」を披露したのである! というか、少なくともボクにはそう見えた。James Bondoにただすと、「ちがう、あれはマイケルジャクソンじゃなくてセリアガリって言うんだぜ」とのこと。
いずれにせよ、角界の頂点である横綱の土俵入りを目の前で見るエクスタシーは、これまた格別であった。しかも今の一人横綱は、お尻を含め恐ろしく「美肌」であったことも付け加えておこう。


ちなみにこの維持員席では、枡席と異なり飲み食いが禁じられている。
というのも、そもそも相撲というのは神様に感謝の気持ちをお届けする神事であるため、土俵際の観客はその儀式の一員とみなされるからである。自称「イケル口」でありながらも、一升瓶をラッパ飲みできない苦しみに襲われつつも、グッと我慢し続けた雄乃字であった。




ところで行司が一番一番、取り仕切るわけだが、その「行司の世界」も大いなるヒエラルキーというか競争タテ社会であるのを、今回はまざまざと見せつけられた。TVで大相撲を見ていてもまったく気づかないが、じつはこの行司、かなりの頻度でクルクル代わっていたのである! しかも最後の取り組み、すなわち白鳳戦を仕切るのはご存知、木村しょうのすけ行司。彼は一日24時間の中で、この最後の一番のためだけ、つまり24秒のために毎回、きらびやかな正装をするわけだが、この「行司の頂点の地位」に達するまでには血を吐くような勤勉さと努力が必要であることは明らかである。第三十五代である現在の木村しょうのすけ行司は、今64歳。おそらく13歳ぐらいで丁稚奉公し始め、ようやく辿り着かれたのであろう。また、行司と言っても土俵の上で「草履」を履くことを許されているのは、この木村しょうのすけ行司含め、せいぜいその他二名程度であることも付け加えておきたい。即ちそのランクに辿り着くまでは、すべての行司がなんと「裸足」だったのである。




プチ情報を最後に一つ。
国技館の中に、相撲記念館というのがある。
ここで今、伝説の横綱展というのが行われているが、相撲の歴史のなかでも「最強の横綱」と呼ばれるのは谷風、そして雷電という両力士であるという。江戸時代に誕生したこの二人の大横綱、ともに生涯で280勝ぐらいしていながら、谷風はわずか14敗、雷電は10敗しかしていない。しかも1700年代〜1800年代前半当時は、今のように年間六場所どころかわずか二場所であった。そうしたなかで谷風が記録した63連勝というのは、すなわち当時が一場所12日だったと仮定すればなんと「二年半〜三年近く無敗」だったということである。




昔の日本人は、やっぱり偉かった。


現代人よ、彼らを見習い萌えあがれ、いや、燃え上がれ、ガンダム!




No Sumo, No Valley Wind(谷風).




 Thank u.




 谷風雄乃字